水無月、二十八日 さあ、七月だ。 夏だ、海だ、コモハウスだ。 なにはなくともこれからは厳しい暑さとの戦い。まるでサハラ砂漠を横断するキャラバンサライの心境です。 おてやわらかに。 今月は日記もちょっとお疲れでした。来月はがんばります。チャオ! |
水無月、二十六日 空梅雨だそうです。 水不足が心配です。降れば降ったでじとじとと嫌な天気です、降らなければ降らないで水瓶が干上がって大変だ。 勝手なものですが、日本の四季は日本人のDNAに辛抱と忍耐を植え付けてきましたが、科学の発達がついにその私たちに、 「我慢の美徳」をなし崩しにしてしまったようです。ひとつ辛抱のたがが外れるともう駄目です。 打ち水や風鈴、深い軒の出やところてん、すべてが不快な日本の夏をやり過ごす為の叡知でしたが、、、 児童虐待も親殺しも電車の痴漢もすべて私たちのたがの緩み。 空梅雨だそうです。そういえば、先日いただいた紫陽花の花はわずか一日で萎んでしまいました。 |
水無月、二十五日 昨日は懸案だった葉山でのおおきなおおきな楠の伐採がようやく山場を迎えました。樹齢百年。 傾斜地の斜面に大きく広がる楠でしたが、その下にむかしからの墓地が広がる為、台風や突風時に大きな枝がおれ、 墓石を倒すこともあったりで泣く泣く切ってくれとの依頼でした。 墓地を管理するお寺様のご住職にお払いをお願いしたのが4月でしたが、作業の困難とお天気の具合とで、 延び延びになっていたものでした。切り倒した楠はやがてお仏壇や家具に形を変えて生き続けるのですが、 しかし、なにかしら、心の中で手を合わせて、木の恵みに感謝の念を抱いたものです。 |
水無月、二十三日 おはようございます。 昨日今日と雨。梅雨らしくて頼もしいのですが、朝からじとじと、これが梅雨ですね。 しかし、昔と違って今はエアコンのおかげであれ〜ってなものです。 沖縄は豪雨がつづき、九州、北陸は空梅雨だとか。 今日は沖縄での日米戦争終結から六十年だそうです。敗戦から六十年。 いまだに、「東京裁判は勝者の倫理で受け入れ難い」といった議論がかまびすしい日本。巧妙にアメリカに仕掛けられた戦争だから といった言い訳は通用しません。「侵略戦争ではなかった」とアジアの国々に訴えるのなら、まずアメリカに対して「真珠湾攻撃は本意ではなかった」と訴えてからにしなければなりません。でも、アメリカは、つよいから、なああああ。 |
水無月、二十二日 いや〜忙しい一週間でした。明日は定休日。なにかイイことないか子猫ちゃん。 そんな映画がありました。 人生が映画のようにいかないのは、それはとりもなおさずスポットライトがないから、クローズアップがないから、しかもなおかつ スタントマン(ウーマン)がいないから。すべてを自ら背負い込んで、そう、それでも人生の最終章ではあっと驚くタメ五郎。 「ディープスロート」のような結末が待っていないと、誰に断言できるでしょうか? と、そんな夢物語も休み前ならではの招待状です。 |
水無月、廿日 不正カードの流出問題が騒がれていますが、アメリカでの被害数千万人分という話しも、これが一億人分でもちっともおかしくないだけにぞっとさせられます。日本での被害もおそらくは日に日に被害が拡大して、気がついたら「あっ」と驚く為五郎! 毎日、殺人と情報流出の事件はあとをたたず、国民総背番号などといって騒いでいたのがかわいらしいぐらいに聞こえます。 しかし、時代は思ってもみなかった様相を帯びてきました。十年後はいったいどうなるのでしょうか、空恐ろしい。 |
水無月、十九日 早いもので今月も三分の二が過ぎてしまいました。来月はもう七月。 夏がすぐそばまで来ています。三浦海岸もそろそろ海の家が出そろってきました。 梅雨明けまでもうしばらくありますが、照りつける太陽が恋しいとはなかなかいきませんようで。 賃貸の方も、夏枯れのこの時期にしては結構お問合せが多く、バタバタと走り回っています。 |
水無月、十八日 すっかりご無沙汰してしまいました。 このところ、とびとびで、お店のリフォームに余念が無く、リフォームする以上は建築会社として恥ずかしくないリフォームをと 意気込みだけは半端じゃないのですが「予算がない」。(笑い) 予算はなくとも想像力はあるじゃないかとばかりに始った「コモハウス店舗改装大作戦!」 九割方完成しましたが、あとの一割がた〜いへん。シャッターのデコレーションです。素敵な絵を画きたいと思うのですが、 その素敵な絵を描くシャガール君はどこにいるのでしょうか?しかも、無料で画いてくれる我らがシャガール君は? |
水無月、五日 三戸。古事記では、ミトは美しいところを指す言葉だとか。 たしかに三戸浜は美しいところです。そうした語源が延々と受け継がれて今に残っているとすれば、 名は体を現す。 三戸の畑から見る夕日と富士の美しいことったら。三戸のお百姓さんがうらやましい。 |
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皐月、参拾日 ダービーはディープインパクトが圧倒的な強さで一着。皐月賞、ダービーと二冠王。さて次は秋の天皇賞。 ディープインパクトは予想どうりでしたが、私たちの仕事はどうでしょうか? これも予想どうりといえばそのとうりで、予想が外れるのはこちらの過度の期待のせいで、うまくいけばいいなという切実な願望が 予想を狂わせることになることが多いようです。仕事をする以上悪い事態は考えたくないもの。それも人情ですが、 しかし、そこはそれ、非情な目を持って事に当るのが経営者というもの。う〜ん、そこはそれ、強気で押したいものです。 |
皐月、二十八日 フィリピン、ミンダナオ島で旧日本兵が生存していたという報道には驚かされました。 敗戦から六十年、彼等の戦後はまだ終わらない。われらが小泉首相は一報を聞いて、「びっくりした、よくがんばって生きたきたものだ。どういう生活をしてきたのか興味がある。是非聞いてみたい」そうです。 それはたしかに私たちにもその種の下衆な興味はあります。帰りたくても帰れず、ゲリラに身を投じて生きていくしかなかった彼等の長い苦労と無念を思うと、(拉致被害者もまた同じ事がいえるのでしょうが)日本国を代表するものの発言があまりに軽く、 ため息が出てきます。 |
皐月、二十六日 昨日は佐島湾でお昼を食べてきました。活きのいい刺身に舌鼓をうつ。まさに舌がスティックのように頬の太鼓を打つ状態で、 叩くとぽこんぽこんと音がしそうです。舌鼓。 これも言い得て妙。剣崎にもおいしい魚料理のお店があると、とある方から情報が。 来週は、そっちかな。 |
皐月、二十三日 さて私たちにとっては週末の月、火。会社にお勤めの皆様には憂鬱な月曜日。 打ち合わせとご案内が重なってちょっと忙しかった土日。ついでにペンキ塗りまで重なって、楽しかった土日。 杉板に塗料を塗って、小さなビルボードを作ったわけですが、これが興に乗って二枚三枚。 そのうちお披露目です。さあ、そんなことは言ってられません、仕事仕事。 |
皐月、二十一日 150億円が17億円。 横須賀の汐入駅前の「プリンスホテル」が売りに出され、不動産投資会社にたたき売られた結果がこの数字です。 最初から採算は度外視、三浦半島のそこここでの利権の代償が150億円のプリンスホテルだったのでしょう。 元は取れたのでしょうか? 西武鉄道はまさに、「開発という名の電車」 欲望まみれではありますが、、、、 |
皐月、十六日 仕事で三浦市、横須賀市をあちこち走り回っていますと、数年前の住宅地図とは様変わり、そのあまりの変貌に驚かされます。 十年一昔とはよくいったもの、人間の体内時計は今も昔もそれほど変わらないのかもしれませんね。 しかしそうすると、時空旅行なんて概念に私たち人間の身体はついていけないのでしょうか? タイムマシーン。それはすでに神の概念。 人知を超えた大いなる存在。信じるか信じないか?神よ!ん?「紙よ?」 |
皐月、十四日 快晴。今夜は下の子供が久里浜のリバーブでギグ。パンクロックが大好きで、親はこっそり見に行きたいのですが、 しっかり釘を刺されてしまいました。「来ないでよ」 子供からみると親ほどうるさい存在はなく、親からみると子供ほど気になる存在はない、ということになりそうです。 古今東西この鉄則は変わりません。 そわそわそわそわ。「はいってます」(笑) |
皐月、十三日 さて仕事の方はぽちぽち、不動産賃貸は氷河期だそうです。三浦半島では地価の下落が止まらず、その手ごろな金額に狙いを定めた 横浜や東京方面のパワービルダー(ミニ開発の分譲業者をこう呼ぶそうです)が買い叩いた土地に建て売りを建てて、びっくりする金額で売りに出すものですからこれがひとつのビジネスモデルとなって猫も杓子もミニ開発。それってわけでそのあおりを受けたアパート賃貸も価格の下落が止まらず、八方ふさがりの様子です。世の中に元気がないのが最大の悩み。さてそこで、元気の源を訪ねてみました。こんこん。「はいってます」(笑) |
皐月、十日 若葉まぶしい5月。 車で走っているともう夏ですね。またぞろ去年の夏が思い出されてきます。暑かったあの夏が。いえ、熱かったあの夏、と。 休み明けそうそうインターネットが使えず、急遽エアエッジを買ってしのいでおりますが、かってのISDN並か? ま、もうちょっとは早いのですが。ダイアルアップっていうのもなんだか懐かしいものです。 時代は高速輪転機のようなもの。(すみません、もうちょっと気の利いた表現があるのでしょうが、、) しかし、GWのあいだ、自宅でもインターネットが使えなかったのですが、これはこれで、違った意味で新鮮ではありました。 情報の海の中では、意外と真実はみえてこないものです。 「情報の外」ここに正解があるのですね。 |
皐月、七日 最近木造の学校校舎が建てられて、子供たちにあたえる情操教育の効果が話題になっています。もちろん数からいえばごくごくわずかな例ですが、校舎に限らず机や椅子、給食の食器やさまざまな備品にまで、いつしか効率のみが優先されて、非効率的であるというだけで隅へ追いやられてしまう風潮が作られてしまいました。立ち止まって考えてみることに慣れていない私たちは、よく考えもせずにまるで羊の群れのようにあっちいったりこっちいったり、お尻をふりふり歩く様はかわいらしいのですが、その主体性の無さが怖いといえば怖いわけです。羊の群れから離れると非国民。立ち止まって考えると村八分。そうやってこの道はいつかきた道、あ〜あ〜、そうだよ。ってか。近ごろ憲法改正が声高に叫ばれています。アメリカの押し付けの憲法ではなく、自主憲法を持ってもいいではないか。そう思います。自衛のための軍隊さへ持てないのはおかしいと改憲論者は主張します。そう思います。(だけれども彼らは現行憲法下で自衛隊という軍隊があることになんの違和感も憲法違反だとも思っていないようですが)近ごろのように中国や韓国からいいようにこづき回されている私たちの国を見ていると、そうだ、憲法改正だっ!と私も思います。しかし、私たちは羊なのです。ガス抜きなどできない国民性の私たちは、このさい徹底的にガスを吸い込んで、やさしくおならのようにそのガスを周辺諸国に吹きかけてやろうではありませんか。必要なものは軍隊でも交戦権でもなく、すっくと雄々しい固持と威厳。この二つだけなのだと私は思いたい。 |
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