One Day (At A Time) / サイト管理者の絵日記 / 11月

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2002.11/30
昭和9年に完成した三浦市庁舎本館が年明け早々解体されることが決定したそうです。昭和モダニズムの建築様式を具現した68年の歳月を刻んだ建物があっけなくこわされて、駐車場ができたからといって、何か本質的なものを手に入れることができるわけでは有りません。うしなったものの大きさを私たちは後になって知ることになります。三浦市に歴史的建造物やモニュメントがほかにあるでしょうか?駐車場のできる便利さと引き換えに、昭和をみつめてきた三浦の歴史を断ち切って、私たちが手に入れることができるのはたかだか車をおくことができるアスファルトのただのスペースだけなのです。

  

2002.11/28
今日は一日ぽかぽかとした良いお天気でした。天気がよいと海がきれいで、絵の具を流したような海の青さにうっとり。
そろそろ賀状の欠礼はがきが届きはじめました。今年一年お世話になった人たちや、とうくの友人の近況に驚いたり悲しんだり。昨日はまた以前のお客さんにお電話して仕事のお手伝いをお願いしたりして恐縮してしまいました。しみじみ、お客さまが大きな財産だと自覚した次第。この季節になると、古いお客さまが思い出されます。

2002.11/29
「こんなに眠れなかったことはない
こんなに煙草が増えたことも
集中力をなくし、どんどん駄目になってしまいそうだ
自分自身に話しかけ、大声で泣き叫んでも
聞いているのは自分だけ
ぼくは雲の中で動けない」
"Stuck Inside A Cloud" by George Harrison
あれから1年。ジョージ・ハリソンの遺作を聞いていると、しみじみとした悲しみがあらたに湧いてきます。がんとの闘いにあけくれた晩年のジョージの苦しみを伺い知ることはできませんが、ひとはだれも、だれにも知られない孤独をかかえて生きているのでしょう。
合掌。

2002.11/26
三崎の下町を営業で歩いたのですが、古い貸家の多いのにびっくり。古いといいましても、使用にたえきれない廃屋寸前の建物です。下町が開発されず、町が閉塞感に包まれているようです。三浦の町おこしに建築は重要な役割を果たすと思います。産業の変遷に町をあげて取り組まなければなりません。マグロの面影はもはや今はなく、海からの脱却は三崎の最重要課題でしょう。住み良いいい町なのですから、これからは美しい町づくりが求められます。湘南になりきれなかった三浦は、湘南文化をこえたところに高い志をおいて、日本人の心のふるさとを目指すべきです。

2002.11/27
小泉首相は凡庸な政治家なのか非凡な政治家なのか?わが町の政治家ですが、残念ながら体温が感じられません。当事者意識が低く、万事に他人事で、少なくともそう感じられるのは、あの顔の無表情なさまが災いしているのでしょうか?経済危機も、拉致被害者へのいたわりのことばも無表情。決定的だったのは、去年の 9.11 同時多発テロの直後のコメントの感情のない、抑揚もなく、事の重大性に無頓着な原稿の棒読みに露になっていました。歴史的な大事件であることへの認識のなさは、政治家としての野性的な直感力をもちあわせていない証明でもあったのでしょうか?
えっ?森首相とくらべたら、、、??

2002.11/23
今日は勤労感謝の日。今年も残すところあと僅か。1年の最後の締めくくりです。終わりよければ全てよし。ラストスパートには早すぎますが、仕掛けははやいほどよさそうです。ことビジネスにかんしては。

2002.11/25
季節はずれの台風に波は高く、寒い一日でした。
ホームページ作成ソフトのバージョンをアップしました。ついに買っちゃったわけです。ニューバージョンはみための印象はよいのですが、なぜか、バックアップファイルが作成されず、秘かに怖れております。あー、こんなはずじゃなかったのに、と、後悔ともつかぬ複雑な感情が、、、イギリスのSOFTPRESS社のウェブサイトに直接注文したので、分からないことは永遠に分からないような気がしてここでも後悔先に立たず。だから言ったでしょ、とは愚妻のひとりごと。ぐさり、ときました。

2002.11/22
寒い一日でした。高円宮殿下の急逝に慎んで哀悼の意をささげたいと思います。残された子供達と妃の悲しみがいっこくもはやく癒されますように。
スペインでは重油タンカーの座礁に流れ出した油の被害は止まることを知らないようです。ラ・コルーニャ沖の海と聞いて昔、かの地を訪れた思い出が蘇ってきました。古い港町で、雨が多く、一日に幾度となく雨がふったり止んだり。近くのサンチャゴとごッちゃになっているような気もするのですが、鮮明に覚えているのはラ・コルーニャ沖の海の厳しさでした。まるで北の海、鉛を溶かしたような荒涼とした海の記憶が蘇ってきます。

2002.11/20
家主さんと話していたのですが、礼金、敷金をどう考えたらよいのでしょうか?礼金の習慣はもうすでに崩れてしまいました。家主さんと店子の関係が消滅してアパート経営がとっくにビジネスと化した現在、両者の信頼関係も契約の二字でかたずけられてしまう以上礼金はもはや不要でしょう。また、昨今のように保証会社の審査をとうして契約するのなら、敷金もみなをしてよいのではないかと思いますが如何でしょうか。と、そんなことを家主さんにお話したのですが、なかなか惰性となった習慣は切り替えるのが難しいのでしょうか。大家さんもまた、時代を見据える感性が必要な時代にはいってまいりました。

2002.11/21
礼金、敷金の件をもう少し書きます。つまり、本来は国の仕事であるべきはずの住宅環境の整備を、民間の大家さんが国に変わって住宅政策の一翼をになっていたわけです。八つあん、とらさんのあの世界が大家さんと店子の関係を築き上げていたわけですが、そうした一種善意の関係がもはや存在しなくなってしまった。そこに地価の問題が有る訳ですが、信頼と尊敬は地価の前では無力だったというのは言い過ぎです。むしろ、それらがいっしょくたになって、価値観の違うもの同士がつの突き合わせたところに戦後の高度経済成長の歪みが集約されてあったと見るべきです。それは、とても寂しいのですが現実です。

2002.11/18
山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」が大ヒット中だとか。時代考証に手間ひまをかけ、本物思考が大人の心を捕らえたと分析はそれぞれですが、こどもだましの映画が多い中では、真面目に映画を創ることもままならず、企画の段階ではねられることも多いのでしょうか?独創的であることは、様々なリスクをともないます。人生にリスクはつきものと達観し、そのリスクを乗り越えるところに大きな喜びが在るのでしょうに、安易に物を創ると小さな後悔が幾重にもおそってきます。心したいものです。

2002.11/19
今そこに在る危機、という映画が在りました。危機はまさにそこかしこにあるのですが。今日は防火管理者の講習会にいってきました。火災の恐さを防火の視点から見ていきますと、例の新宿ビル火災がとんでもない人災だということがよく分かりました。やれ雀荘だとか風俗店が入っていたからといったことと問題の本質は別です。地震、雷、火事、おやじ。おやじはともかくとして、地震も雷も人智をこえた現象ですが、火事はまさに人間の手にゆだねられた人智の判断です。えっ?おやじも?

 

2002.11/15
新聞報道によると生きていたそうです。あの、ウサマ・ビンラディン氏です。「あなたがたも我々と同様に殺害され、爆撃されるだろう」とは近頃きいた言葉の中では突出して衝撃的です。「我々と同様に、」もちろん、ウサマ・ビンラディンもジョージ・ブッシュも彼等が代表する宗教と国益をこえて、世界を導くことができるはずでしょうに、何がそれを阻むのか?21世紀は政治も経済も、激動をこえて、混乱のカオスの中に放り込まれたかのようです。この先に見えるものははたしてなんなのか。

 

2002.11/14
ポール・マッカートニーのコンサートにいってきました。9年ぶりの来日ステージで、思いは千ゝにみだれ、しかしこれだけ長くフアンをやっていますととても短い言葉では語り尽くせません。ラストの、ステージ背景のスクリーンに写し出された朝日の輝きは、テロ事件後の世界への「希望」を表明したポールの思いが集約されたものでした。癒しのコンサートを標榜した今回のステージは、もはやロックとは一線を画した新しい世界を見せてくれたようです。今回は冷静なつもりでしたが、3曲目、All My Lovingではじわっと涙。そんな人が5万人集まった東京ドームでした。

2002.11/12
なぐり書きの連想から、なぐり柱の話が出ましたが、なぐりとは、まさに大工が柱を手斧(ちょうな)で殴って傷をつけ、その凄まじい傷跡が変哲のない柱を異次元に誘い込むというとんでもない代物です。なぐりは名栗と書き、織田有楽斎(織田信長の末弟)の茶室、如庵に「やまはつり」という技法で、そのなまなましい刃痕が一種独特の表情を柱にうえつけています。大工の気迫も、うけとめる柱も死にものぐるい。かって、大工が大工以上であった時代。千利休の時代に、茶道が茶道以上のものであった時代。茶室を飾る床柱は、こうして大工の気合いとともに数百年の時代をこえて今わたしたちの前に在ります。技術が失われたのではなく、精神が失われたのです。

2002.11/13
秋の気配もそこそこに、今年はひとあし早く冬の到来か?中古マンション情報、リニューアルしました。
 

2002.11/11

殴り書きです。殴り柱というのもあります。大工


が柱を殴りながら

パズルをひとつ。建築のデッサンです。











床柱をつくります。

2002.11/8
よる、遅くなってこれを書いています。賃貸のご契約がおそくにずれこんで、終わったのが夜の10時すぎ。まだ若いお嬢さんおふたりで貸家を借りられたのですが、連絡もまめにいただいて、とても好感の持てるお二人でした。初めてのひとり暮らし(ふたりですが)にいろいろなお友達を動員して、事務所でもすぐに電話をして問題を処理しています。携帯電話の発達がそれを可能にしているのですが、こうした行動様式がインターネットの世界を変えていくのだろうと思います。ともあれ、若いお二人の共同生活に祝福を!

2002.11/9
きょうは午後でかける予定だったのですが、突然の雷にびっくり。海のそばなので、落雷はよく有ります。海に落ちることが多いせいで、もうすぐ隣に落ちたような気分になります。そんな時はパソコンを使っているとびくびくですが、ノートパソコンだと安心です。すぐ電源を抜いて、バッテリーに切り替えるわけです。あたりまえのことですが、いままでそのことに気がつきませんでした。なんだか大発見のような気がした一日でしたが、昂揚は長くは続きませんでした。

2002.11/7
寒い一日でした。事務所から眺める海も鉛色で、いよいよ冬の到来です。冬といえば鍋。カボスの季節。カボスをご存知ですか?九州は大分特産の隠し味の絶品です。大辞泉で調べたら、ユズの近縁種、果実は球形で果肉の酸味が強く食酢用、大分県の特産、とでていました。鍋のたれにこのカボスを一滴、それだけでめくるめく世界に誘われてしまいます。ポン酢といえばそうかもしれませんが、しかし、カボスはカボス。ご希望の方はご連絡ください。すこしですがおゆずりします。
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office@comohouse.com 三井まで。

  

2002.11/5
連休の土日、賃貸のご案内が二件あり、申し込みをいただきました。不動産業の難しさは、同じ案件に対してアプローチの幅が狭く、お客さまの信頼を得るのにある一定の法則のみがその選択を決定するかのようです。しかし、たぶん、アプローチの幅が狭いのは、わたしの経験が浅いせいで、この世界の深い奈落にまだ目が慣れていないせいかもしれません。気がついたとき、そこに待ちかまえているであろう深い精神世界に、今からドギマギするのは滑稽ですが、不動産業の入り口で、何だかわくわくしてしまうのは、建築とはまた違った喜びがあるせいかもしれません。

2002.11/6
アメリカ中間選挙。共和党の圧勝に、いよいよイラク攻撃か?世界からフセイン大統領がいなくなれば、アメリカはすっきりするかもしれませんが、しかし、世界からアメリカがいなくなればどうなのでしょうか?スッキリするのでしょうか?では、世界から日本がいなくなれば、、、。マイナス指向で良くなることは何もありません。犯罪の多くが、マイナス指向から出発しているような気がします。共存という言葉を、今こそアメリカは考える必要があるとおもいますが、さてさて。

2002.11/1
急速に変わる産業構造に建築のような古い世界はなかなかついていけず、これまでと違った建築の世界観をどう構築するか、透明性をたかめ、価格の破壊以上に家造りの毅然としたルールを確立したいものだと思います。「2000万円で買える家と土地」を実現できるかどうか。もちろん地方性に大きく左右されますが、東京ではまず無理なことが、地方では可能です。土地の価格差をうめることはまず不可能でしょう。しかし、建築費にかんしては?施主参加型の建築スタイルの確率も一案だと思うのですが。

2002.11/2
私事で恐縮ですが、下の子の合唱コンクールにいって気がついたのですが、学生服に変わらぬ楽曲、変わらぬステージ、変わらぬ親たち。代り映えのしない風景を眺めていると、そうか、人間なんてそう簡単に変わるもんじゃないんだと、改めて気がつかされました。イギリスだってドイツだって、学校の風景というものはそう変わるはずがない。十年一日のごとく変わらぬこと。百年経っても古びないのは、まず、建築よりも人間なのだと改めて自覚いたしました。大事なことだと思います。さて、明日から連休。お天気になりますように。

 

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